気候危機に声を上げるクライメート・リアリティ・プロジェクト

2019.11.29

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政策のおはなし

ライターの木村です。
気がつくと、前回の投稿から2年半以上経っていました。投稿を再開します。

「クライメート・リアリティ・プロジェクト」

去る10月2日・3日の2日間にわたり、東京で気候変動に関する大きなイベントが行われました。
“The Climate Reality Corps Tokyo Training”(クライメート・リアリティ・リーダーシップ・コミュニティ東京トレーニング)です。
このイベントは、元アメリカ副大統領でノーベル平和賞受賞者のアル・ゴア氏が主宰する“The Climate Reality Project”(クライメート・リアリティ・プロジェクト)の一環で行われました。

このプロジェクトの趣旨は、「気候危機に対して世界中が力を合わせて解決策を創りだすために、気候危機の真実を共有し、変化を起こす原動力となるように、人々を力づける」というものです。
具体的には“Climate Reality Leader”(クライメート・リアリティ・リーダー)と呼ばれる活動リーダーの養成とその活動支援を行い、市民から変化を促す取組を行っています。
これまでに世界154カ国で2万人を超えるリーダーが誕生しており、10月の東京トレーニング(養成研修)でも800人のクライメート・リアリティ・リーダーが誕生しました。
ちなみにアル・ゴア氏は、日本で2007年に公開された映画“An Inconvenient Truth(「不都合な真実※1」)”の主演者でもあります。
昨年、その続編「不都合な真実2 放置された地球」も公開されました。
東京トレーニングの内容は映画の内容とも重なっています。

私も東京トレーニングに参加し、クライメート・リアリティ・リーダーの一員になりましたので、トレーニングの状況等をご紹介します。
当日の様子については既に大量の情報がSNS等で流れています。
私もトレーニング直後にFacebookで興奮気味に発信しましたが、ここでは、若干の考察も加えて少し冷静に紹介していくこととします。

東京トレーニングの様子

東京トレーニングには国内外から約800人が参加しました。
主催者によると、応募数はその2倍程度あったそうです。
参加者の内訳は、企業関係者が40%、NGOや教育関係者が20~25%、中央官庁や自治体等行政関係者が15%で、その他は学生や研究者、一般市民とのことです。
また、男女比は半々、年齢は18歳から80歳代までとのことでした。
外国人も多く参加していました。
関心層が非常に幅広いことがうかがえます。
同時に、主催者側が、職業やセクター、属性、国籍等のバランスに配慮して参加者の選定を行った様子もうかがえます。
多様な人がそれぞれの立ち位置で声を上げていくようにすることで、身近な場から気候危機への理解と対応をボトムアップ的に促進していこうという狙いがあるのだと思われます。

東京トレーニングでのアル・ゴア氏のプレゼンテーション(筆者撮影)

日本における4つのテーマ

東京トレーニングの内容に触れたいと思います。
テーマとして次の4点が挙げられていました。

①「大きな変化のまっただ中にある国 日本の気候の危機」
②「再生可能エネルギー 豊かで持続可能な未来への道筋」
③「気候変動に対する行動 企業がその先導役に」
④「地球規模の協力 持続可能な開発を達成するための目標・ターゲットの強化」

①~④の主張の概要は以下の通りです。

①「大きな変化のまっただ中にある国 日本の気候の危機」

日本でも近年、猛暑や豪雨等に伴う災害で多くの命が失われ、また、健康や暮らし、産業や経済、インフラにも大きな被害が出ている。
日本も気候の大きな変化の真っただ中にあり、影響を受けている。
気候危機を正しく認識し、緊急に取組を進めていく必要がある。

②「再生可能エネルギー 豊かで持続可能な未来への道筋」

気候変動のペースを緩めるには温室効果ガスの排出量を削減していく必要がある。
その中心となるのは化石燃料から再生可能エネルギーへの移行だ。
しかし、日本では石炭火力への依存を高める動きがあり、世界の動きに逆行している。
ESG投資※2や石炭火力からのダイベスト(投資撤退)が広がりを見せている昨今、世界的に石炭火力への投資は既に事業的にもリスクそのものである。
他方で再生可能エネルギーはコスト的にも今後さらに競争力を高めていくと見込まれる。
豊かで持続可能な未来に向けて日本も石炭火力への依存を脱し、再生可能エネルギーへの移行を促進すべきである。

広島 2018年7月7日
©2018 The Asahi Shimbun via Getty Images

日本には再生可能エネルギー関連の267,000件の仕事が存在する。―その内93%は太陽エネルギー関連である。        Photo © 2015 Buddhika Weerasinghe/Bloomberg via Getty Images

③「気候変動に対する行動 企業がその先導役に」

気候変動対策として企業の取組が重要となる。
世界的にESG投資が広がりを見せる中で、投資家や金融機関はESG投資に資金を移してきている。
日本でも、例えば、世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESG投資を進めている。
こうした金融の動向を踏まえると、企業にとって気候危機への取組は、社会貢献にとどまらず、事業展開においても重要性が高まっている。
こうした中、日本では「RE100宣言※3」をした企業が20社を数えるなど、脱炭素化の先進的な動きも出てきている。

④「地球規模の協力 持続可能な開発を達成するための目標・ターゲットの強化」

気候危機における最悪の影響を回避するためには、2030年までに温室効果ガスの排出量を大幅に削減し、2050年頃までに炭素中立※4を達成する必要がある。
こうした中で日本が掲げた排出削減目標は極めて不十分とみなされている。
日本政府はもっと野心的に削減目標を引き上げる必要がある。
そして、エネルギーの効率化と再生エネルギーへの移行を促進する必要がある。

このような主張は以前からあり、特に真新しさがあるわけではありません。
しかし、アル・ゴア氏を筆頭に、東京トレーニングの各プレゼンテーションやディスカッションでは、近年のデータや事例等がエビデンスとして分厚く積み重ねられており、また、全体が一つの方向に統合的に整理されていて、非常に説得力のある内容となっていました。

クライメート・リアリティ・リーダーには、このような気候危機に関する情報発信等が義務として位置づけられています。
同時に、情報発信にあたって、アル・ゴア氏がプレゼンテーションに使用したスライド等が提供され、それを各リーダーが加工して使えるようにもなっています。
ちなみに、スライドは500枚以上あり、気候変動のメカニズム、影響、対策、及び課題や論点が体系的に整理されています。また、世界の2万人の仲間とネットワークでつながりながら、行動を展開できる環境も整えられています。東京で新たに誕生したリーダーたちが日本各地で、それぞれの身近な場から情報を発信していくことでしょう。この情報発信もその一つです。

アル・ゴア氏と東京トレーニングで誕生したクライメート・リアリティ・リーダーたち(Climate Reality Projectより)

具体的な行動のための情報発信へ

実は、クライメート・リアリティ・リーダーと同じような取組は、以前から日本にもあります。
地球温暖化防止活動推進員※5がその代表例です。
国内のこのような取組は主に京都議定書※6の約束達成に向けてはじまりました。
発足当時の活動は、個人や企業の自主的な取組を促進するための意識付けや基礎知識の普及に力点が置かれていました。
気候変動問題の重大性が今ほど理解されておらず、また気候対策が地球環境保全への貢献としてとらえられていたことが背景にあります。
しかし今では、気候変動影響のリスクが国内でも顕在化し、地域や企業に気候危機が当事者問題としても振りかかってきています。
対策を急がないとティッピング・ポイント※7をむかえ、予測不能な事態を招くことになりかねないとも言われています。
他方で、多くの分野で気候変動の影響評価が行われつつあり、また、気候変動影響の緩和・適応を進める多くの技術やしくみが社会に実装されつつあります。
すなわち、今私たちには、対策を急がなければならないことは明白であり、かつ、その主要な対策技術も見えているのです。
こうした時代環境に合わせて適切な行動の選択を促す啓発活動や情報提供が求められています。

 

※1「不都合な真実」:地球温暖化対策の重要さを訴えるアル・ゴア氏の講演活動等をとらえたドキュメンタリー映画。
※2「ESG投資」:環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮している企業を重視・選別して行う投資。国連が「責任投資原則」を打ち出し、投資家はESGの観点から投資するように提唱した。
※3「RE100宣言」:再生可能エネルギー100%を提唱する国際的な率先実行プロジェクト。企業は事業を100%再生可能エネルギーで行うこと(RE100)を宣言して参加する。
※4「炭素中立」:排出される炭素量と吸収される炭素量とが環境中で同じになること。大気中の炭素増加に加担しないこと。
※5「地球温暖化防止活動推進員」:地球温暖化対策推進法に基づき、地球温暖化防止の取り組みを進める者として都道府県知事が委嘱した者。
※6「京都議定書」温暖化防止に向けて先進各国の温室効果ガスの削減率を定めた議定書。
※7「ティッピング・ポイント」少しずつの変化が急激な変化に変わる限界点。システムが急激に変化し、変化要因が弱まっても元の状態に戻らなくなる閾値(IPCC WGⅡ,2014)。

 

(参考文献・資料)

・クライメート・リアリティ・リーダーシップ・コミュニティ東京トレーニングCLIMATE REALITY LEADERSHIP CORPS TOKYO 
・The Climate Reality Project,2019,The Climate Reality Project
・IPCC WGⅡ,2014,Climate Change 2014 Impacts, Adaptation, and Vulnerability Part A: Global and Sectoral Aspects

 

この記事を書いた人

木村 浩巳

法政大学地域研究センター客員研究員、専門社会調査士。 2009 年度より環境研究総合推進費E-0906(2)「日本の自治体における低炭素社会構築及び地球環境問題への取り組み促進施策に関する研究」,2010 年度より環境研究総合推進費S-8(2)「自治体レベルでの影響評価と総合的適応政策に関する研究」,2015 年度より文部科学省SI-CAT「気候変動技術社会実装プログラム」に参加。著書に『気候変動に適応する社会』(共著,技報堂出版)、『地域からはじまる低炭素・エネルギー政策の実践』(共著,ぎょうせい)など。

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