気候変動と雪まつり(後編)
ライターの木村です。今回は、気候変動と雪まつり(後編)です。
雪中行事と気候との調和的関係性
気候変動は暮らしや産業、環境等に多様な影響を及ぼします。
このため、気候変動に対する適応能力を高めていくことが求められています。
例えば、気象災害への備えを強化したり、熱中症に気をつけたりすることは適応能力の向上につながります。
ただし、当然ながら、適応が容易なものもあれば、難しいものもあります。
地域の伝統行事や年中行事などは適応が難しい部類に入ると思われます。
伝統行事には先代より継承されてきた様式があり、年中行事は毎年決まった時期に行われます。
従来の様式や時期を簡単に変えることはできません。雪中行事も然りです。
他方で、行事は地域の気候風土に育まれてきたものであり、地域の気候と調和的な関係にあるはずです。
気候が変化し、行事が変化しなければ両者の調和的関係性が崩れてしまう可能性があります。
この調和的関係性が長期的な気候の変化の過程で、どのように保持され、あるいは再調整されていくのかが雪中行事における適応のあり様となっていくと思われます。
私の地元、北上市は太平洋側にありますが、西側の奥羽山脈を越えて雪が吹き込んでくるので、それなりに積雪があります。
小学校では雪像コンクールがあり、体育の時間に校庭でスキーを習いました。
その頃の気象データは手元にありませんが、現在の平年値をみると年間最大積雪深の平年値は35cmであり、12月には積雪のある日が少ないようです(気象庁「過去の気象データ検索」)。
雪像コンクールやスキーから思い浮かぶ風景は雪国ですが、気象データから受ける印象はあまり雪国らしくありません。
実際に降積雪量が減っているかはわかりませんが、帰省時の印象は確かに雪国らしくありません。
現在、市の中心部では雪中行事は行われていないようです。
あくまでも想像ですが、今、雪像コンクールが行われているとしても地域の気候と調和を欠いているように思われます。
横手市の「カマクラ」
北上市から奥羽山脈を越えて西に60km行くと、「カマクラ」で有名な横手市があります。
横手市の年間最大積雪深の平年値は111cmです(気象庁「過去の気象データ検索」)。
横手の雪は適度に湿り気があります。
かつては屋根から降ろした雪に穴を掘ったり、あるいはブロック状に固めた雪を積み上げたりして素朴なカマクラをつくっていたようです(後藤、2012、横手市教育委員会、1993)。
現在のカマクラは大きく、形がきれいに整っています。
壁や天井は厚く頑丈につくられています。
現在の壁の厚さは、過去の異常気象の経験も踏まえて高温や降雨に対する強度確保が施された結果でもあり、気候に対する適応の結果ともいえます。
このように地域の気候に対峙してきた横手のカマクラは、従来の横手市の積雪量や雪質と調和的な関係にあるはずです(木村、2017)。
(写真:横手のカマクラ(筆者撮影))
西和賀町の「雪あかり」
北上市と横手市の間に西和賀町があります。
西和賀町湯田の年間最大積雪深の平年値は175cmです(気象庁「過去の気象データ検索」)。
西和賀町には道路脇の雪壁等に穴を掘って明りを灯す「雪あかり」という行事があります。
雪あかりは、比較的新しい行事で豪雪地帯の各地に広がりました。
雪あかりには様々なスタイルがありますが、西和賀町スタイルの雪あかりは豪雪地帯の中でも特に雪深い地域で行われており、ここが発祥の地といわれています。
西和賀町の雪質は湿り気が少なく、雪を固めるのには不向きです。
また、雪の量が多すぎます。
このためカマクラのような構造物をつくるのは簡単ではありません。
西和賀町の積雪量や雪質は、カマクラのような行事よりもこの地の雪あかりと調和的な関係にありそうです。
(写真:雪あかり2019「広報西和賀」(西和賀町提供))
湯沢町の「鳥追」
新潟県の湯沢町には「鳥追」という行事があります。
鳥追は東北の日本海側から北陸にかけて広く分布している行事で、カマクラのような小屋等をつくって行われています(後藤、2012)。
現在では小屋等をつくらずに行事を行っているところもあります。
湯沢町の年間最大積雪深の平年値は211cmで(気象庁「過去の気象データ検索」)、西和賀町よりも多いものの、湿り気のある雪質のため雪を固めることには適しています。
かつては雪を踏み固めてから、その上に小屋をつくっていたそうです。
湯沢町の気温は西和賀町より2~3℃高く、行事を行う環境として多少は穏やかさがありそうです。
鳥追はこのような気候と調和的な関係にありそうです。
雪中行事の行方
数年前には各地で記録的な豪雪となりましたが、今年は多くの地域で記録的な雪不足となりました。
もともと降積雪は年々変動の大きな気象ですが、最近はその変動がやや極端に現れています。
また、将来的には気温の高温化に伴って多くの地域で降積雪量が減少すると予測されています。
積雪期間が短くなるとともに降雨が増え、雪質も変化していくと見込まれています。
いずれの見込みも雪中行事の実施条件としては厳しいものです。
しかし、現存する行事はこれまでも気候の変化に適応してきました。
前述の横手のカマクラも、その起源の一つは、雪ではなく火の行事だったと言われており(横手市教育委員会、1993)、今日のスタイルは起源から大きく変化しています。
予測されている将来の状況下においても、雪中行事は伝統的な様式等と折り合いをつけながら、将来の気候とも調和的な関係性を築いていく可能性はあると思います。より多くの人の記憶の中に行事に対する好意的な印象が埋め込まれているほどその可能性は高まるのではないかと思っています。
※横手市のカマクラ、西和賀町の雪あかり、湯沢町の鳥追いに関する記述には、筆者の現地ヒアリングによる情報も反映しています(横手市・横手市観光協会・横手市民(2014年)、西和賀町雪国文化研究所(2014年)、湯沢町教育委員会(2015年))。
参考文献・資料
気象庁ホームページ「過去の気象データ検索」
木村浩巳、2017、秋田県横手市のカマクラの変容における気候変動の関与-風土の視点から-
木村浩巳、2017、平成28年度研究成果報告書『東北地域における気象・気候情報の高度利用』、ヤマセ研究会
後藤麻衣子、2012、カマクラと雪室―その歴史的変遷と地域性
横手市教育委員会、1993、横手のかまくら 附・雪の芸術(市内文化財調査報告書)
この記事を書いた人
木村 浩巳
法政大学地域研究センター客員研究員、専門社会調査士。 2009 年度より環境研究総合推進費E-0906(2)「日本の自治体における低炭素社会構築及び地球環境問題への取り組み促進施策に関する研究」,2010 年度より環境研究総合推進費S-8(2)「自治体レベルでの影響評価と総合的適応政策に関する研究」,2015 年度より文部科学省SI-CAT「気候変動技術社会実装プログラム」に参加。著書に『気候変動に適応する社会』(共著,技報堂出版)、『地域からはじまる低炭素・エネルギー政策の実践』(共著,ぎょうせい)など。