「これまでに経験したことがないような大雨」と避難(後編)

2019.12.13

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政策のおはなし

こんにちは。ライターの木村です。
前編に引き続き、“「これまでに経験したことがないような大雨」と避難(後編)”と題して、気象災害と避難行動について考えてみたいと思います。

人的被害をなくすには

これまでに経験したことのないような大雨が多発し、甚大な災害をもたらしている中で、人的被害を出さないようにするにはどのようにすればよいのでしょうか。
堤防や調整池、雨水管、砂防ダム等のハード面の整備はもちろん重要ですが、避難体制の構築や訓練、情報提供等のソフト面も大切です。
近年では、災害時に避難が遅れるケースが多く発生し、社会的な問題となりました。
これに対しては既に様々な対応がとられています。
2019年には「避難勧告等に関するガイドライン」の見直しも行われました。
今年はテレビ等で「命を守る最善の行動をとってください」というアナウンスが何度も流れましたが、これもガイドラインの見直しによるものです。
ここでは、避難行動に焦点をおいて考えてみます。

避難行動と情報提供

ガイドラインでは、住民は「自らの命は自らが守る」意識を持ち、自らの判断で避難行動をとるとの方針が示されています。
そこで、防災情報の提供は、住民がとるべき行動を直感的に理解しやすくなるように警戒レベル※1を明記して提供されることとなりました。

それでも不幸にも命を落とす人が出ました。台風19号等の際には、自宅でなくなった方や車で避難中になくなった方も少なくありませんでした。
自力で避難できない事情も当然ありえますし、初めて体験する事態に誰もが間違いなく判断できるとは限りません。
当然、「想定外」の事態も起こりえます。
こうしたことから、結果的に適切な行動がとれないケースも多々ありえます。
そうならば、その可能性を前提として早めの避難をしつこく促していくこと、そして、万が一避難が遅れたときにも最善の行動をとれるようにしていくこと等が重要になると考えられます。

【警戒レベルと避難行動】(出典:気象庁ホームページ「防災気象情報と警戒レベルとの対応について」)

避難行動の判断を左右するバイアス

人の行動を説明する「レヴィン※2の関数」というシンプルな関数があります。
これはB=f(P,E)と表されます。
ここで、Bは行動、Pは個人的な要因、Eは環境的な要因を意味しています。
すなわち、この関数は、ある局面において“人がどのように行動(B)するかは、個人的な要因(P)と環境的な要因(E)によって決まる”ということを表しています。
個人的な要因とは、性格や能力、経験等のことであり、環境的な要因とは物理的環境や心理的環境などとされています(伏木田稚子、2011:山本英治、1955)。
後者の心理的環境には、組織の風土や人間関係、場の雰囲気等が含まれます。
レヴィンの関数は、避難行動等を考える枠組みとしても便利そうです。

そこで、レヴィンの関数の考え方を用いて、これまでに経験したことのないような大雨に直面した場合の避難行動について考えたいと思います。
Bを避難行動、Pを避難行動に関する個人的要因、Eを避難行動に関する環境的要因として考えます。
Pでは経験に注目します。
経験は時間軸上で必ず人の過去にあります。
経験したことはその人の知識となり、Pの要素となります。
他方で、災害リスク等の予測関連情報は、時間軸上では必ず未来にあり、具体的な事態としてその人に経験されていません。
しかし、その情報が人に伝わっていれば、保有情報や知識としてその人に備わっており、これもPの要素となります。まず、Pについて考えてみます。

①P:{経験1、経験2…}

例えば、過去に大雨に直面した時、避難行動をせずに今生きている人は、避難しなくても命は大丈夫だったという経験を持っています。
その人が、もし「これまでに経験したことのないような大雨」に直面した場合、過去の経験にもとづいて「前は大丈夫だった」「避難しなくても命は大丈夫だろう」「また大げさなことを」…等といった意識を持ってもおかしくありません。
他方、過去に大雨で避難行動の必要に迫られたことのない人の場合は、大雨で平常から異常に移行する境目を経験したことがありません。
境目を判断するための材料となる経験的知識がないため、目の前の事態を平常な日常の経験の延長線上で評価し、「ここは大丈夫」「まだ大丈夫」「しばらく様子を見よう」…等といった意識も働きそうです。
このような意識は、異常な事態が生じても、それを正常の範囲内としてとらえ、安心しようとする心の働きによるものです。
一種の偏った見方であり、「正常性バイアス」と呼ばれています。
事態を過小評価したり、都合のよい情報だけを拾い出して判断したりする傾向として表れます。
過去に大丈夫だった経験等は、その人が安心するための根拠として本人に都合よく使われてしまいます。
こうしたことが災いすることも少なくないため、正常性バイアスは災害時の避難行動を遅れさせる要因としてもよく指摘されています(菊池聡、2018)。

②P:{経験1、経験2…+予測関連情報1、予測関連情報2…}

さて、その人が、災害ハザードマップや避難マニュアル等の予測関連情報や知識も持っていたとすると、Pの中では経験だけではなく、予測関連情報等も使った判断が行われそうです。
当然、過去の経験と予測関連情報等の内容が大きく異なる場合もありえます。
その場合、過去の経験に対して、予測関連情報がどの程度重視されるかで避難行動に関する判断が分かれそうです。
当然、過去の経験は重視されるでしょうが、予測関連情報等も同等に重視された場合、未経験のリスクも想定され、避難行動を選択肢とする判断が行われそうです。
他方、予測関連情報が軽視された場合はその可能性は低いと見込まれます。

気候変動下では、これまでに経験したことのないことが起こってくると見込まれるため、過去の経験に偏った判断は、結果として「まさか」という、その人にとっての想定外を招いてしまうことにもつながりかねません。
ということで、これまで大丈夫だった経験(=正常性バイアスの根拠とされうるもの)に偏った判断を補正する材料が重要となり、これまでの経験をひっくり返すような経験、その経験的知識を相対化するような情報・知識が必要となります。
後者としては、既に触れた予測関連情報等があります。
また前者としては、擬似的な経験とはなりますが、避難訓練等が挙げられます。すなわち予測関連情報等や避難訓練は正常性バイアスを補正するという意味でも重要だということができるでしょう。

③P,E:{P(経験、予測関連情報)、E(環境1、環境2…)}

次にEについて考えてみます。
Eでは心理的環境に注目します。
ある人が予測関連情報・知識を持っていない場合、あるいは、予測関連情報・知識を持っていても軽視してしまうような場合、Pの中で、これまで大丈夫だった経験に偏った判断を補正することは無理そうです。
このような場合に、補正につながる要素はEしかありません。
すなわち、ここでEが重要となります。
Eでは、前に触れたとおり、日常生活における人間関係等も要素となっていました。
地域内で、早めの避難を相互に呼びかけあう環境を平時からつくっておくことの重要性がうかがわれます。
災害情報の伝達体制、避難支援体制の整備や、そのような体制づくりも含むコミュニティづくりの重要性がうかがわれます。

住民による「自らの命は自らが守る」という自主性に限界がうかがわれる中では、各住民の環境中に避難行動を誘発する要素を埋め込んでおくことが重要なのです。

当社HPでは、「災害時の意識・避難行動調査/災害検証調査」として、ソリューションメニューをUPしています。ぜひ、こちらもご覧ください。

※1「警戒レベル」: 災害発生の危険度と、とるべき避難行動を、住民が直感的に理解するための情報。警戒レベル1から5の5段階で提供され、警戒レベル3が「高齢者避難」、警戒レベル4が「全員避難」を意味する。警戒レベル5は既に災害が起きている状態を示し、「命を守る最善の行動」が呼びかけられる。

※2「レヴィン」:クルト・レヴィン(心理学者)。

(参考文献)
菊池聡、2018、災害における認知バイアスをどうとらえるか-認知心理学の知見を防災減災に応用する-
気象庁、防災気象情報と警戒レベルとの対応について
伏木田稚子、2011、気になる研究者クルト・レヴィン
山本英治、1955、クルト・レヴィンの「生活空間」の構造、富山大学紀要経済学部論集(6)

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この記事を書いた人

木村 浩巳

法政大学地域研究センター客員研究員、専門社会調査士。 2009 年度より環境研究総合推進費E-0906(2)「日本の自治体における低炭素社会構築及び地球環境問題への取り組み促進施策に関する研究」,2010 年度より環境研究総合推進費S-8(2)「自治体レベルでの影響評価と総合的適応政策に関する研究」,2015 年度より文部科学省SI-CAT「気候変動技術社会実装プログラム」に参加。著書に『気候変動に適応する社会』(共著,技報堂出版)、『地域からはじまる低炭素・エネルギー政策の実践』(共著,ぎょうせい)など。

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