最強の男とは?
ごあいさつ
全くもって、出オチ感満載なタイトルが最初の投稿となってしまったライターの田原です。
このコラバドの立ち上げに最初から関わっているメンバーの中で一本も執筆しておらず、周囲からの期待と失望を受けながら、ようやくこの度、記事を執筆するわけです。
よろしくお願いします。
最強になるために必要なことは何か?
僕は、生まれてからずっと最強を目指して生きてきました。
何言ってんだこいつと思われる可能性が統計学的に1%有意なのは重々承知しています。
今回は、最強を目指して生きてきた僕が、最強になるために必要なことは何かということを、個人的な見解を基に推論を重ねます。
最強とは何なのでしょうか。
高度情報化社会に生きる我々は、少しでも疑問に感じることがあれば、インターネットを使うことで、すぐに答えに到達することができます。
インターネットを通じて得られない疑問がある際は、株式会社サーベイリサーチセンターまでお問い合わせください。
高品質な疑問に的確にこたえられるデータを、調査を通じて提供します。
今回はインターネットで調べれば答えが出そうな疑問ですので、さっそくインターネットを用いて調べてみました。
検索キーワードはもちろん「最強とは」です。
■いちばん強いこと。「世界-のサッカー-チーム」 「史上-の艦隊」
http://www.weblio.jp/content/%E6%9C%80%E5%BC%B7
■最強とは、他と比較や勝負をして最も強い状態にあることである。一番強い事。誰にも負けない状態。
dic.nicovideo.jp/a/最強
と出てきました。
なるほど! 一番強いことなのか。
しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。
どういうことで強くなれば、最強になれるのか。
この現代社会において、最強となるためには、何をどうすれば良いのだろうか。
最強になるために必要なことを調べてくださいと株式会社サーベイリサーチセンターに委託しても良かったのですが、今回は自分自身で考えてみることにしました。
身体的な力なのか?
最強ということばを考えるとまず浮かぶのが、身体な力です。
筋力的な方ですね。
恐らく多くの人がロマンを感じる群雄割拠の戦国時代においては、身体的な力は最強を目指すうえで、重要なファクターを占めていたのだろうと推察できます。
しかし、現在は、群雄割拠の戦国時代ではないのです。
そのあたりに武士は歩いていません。
現代社会で、身体的な力の強さが必要なスポーツなどを除いて、一般の人が力で他者を圧倒すれば、さっそく捕まってしまいます。
そう考えると、身体的な力は、健康的な生活を送るためには必要条件ですが、仕事をしていく最強の要件としてそこまで大きくないのかもしれません。
知識なのか?
では、知識はどうでしょうか。
知識は人を強くする重要な要素だと思います。
群雄割拠の戦国時代においても「智将」と呼ばれる人たちが大活躍することもあり、極めて重要な要素だと考えられます。
現在においても、知識はすごく重要で、知っていると知らないとでは大きな違いがあることは明白です。
ここで、最強への1つの道筋が見えたように感じますが、ただ、「知識」を得れば得るほど最強に近づくと考えてよいのでしょうか。
これまでの僕の経験から、「知識」は必要ですが、最強の重要な要件であるとは思えません。
知識があっても失敗することはあるからです。
失敗して、もうだめだとなり、もう一度戦えなくなれば、それは最強ではありません。
負けても何度も立ち上り挑戦し続けることが、最強となるには必要なのではないかと思います。(自分で、とても良いことを言った気分です)
最強の男に重要なこと!
これまで主に2つの面から推論を重ねてきましたが、僕の考えでは最強となるために重要な要素は、「鋼のメンタル」だと思います。
僕の考えるメンタルとは「耐える力」「諦めない力」とともに「勇気を持つこと」「プラス思考を持つこと」だと思っています。
当然、社会人としての「知識」や「技術」などを装備することは、論をまたないところです。
しかし、身体的な力で倒されても、知識で倒されても、「鋼のメンタル」を持って、何度でも立ち向かうこと、これこそが現代社会において最強となるために必要なことではないかと思います。
この記事を書いている今、この記事の内容について編集部が議論している姿が容易に想像できます。
最初の記事で、議論を呼ぶテーマで記載する僕の「鋼のメンタル」こそ、最強となるために必要なことだと思っています。
(注)本記事の内容についてはライター田原の個人的見解なので、根拠があるわけではなく、鋼のメンタルを持ったとしても最強となれることを保証するものではありません。
この記事を書いた人
田原 歩静岡事務所 企画課
最強の男