中洲川端の魔窟・冷泉荘に行ってみた(前編)
真夏の蒸し暑い中洲の街を私はトボトボ歩いていた。肌に粘り付くような熱気である。じんわりとした汗をかきながら、商店街のアーケードが見えてきた。アーケードに掲げられる「博多川端」の青い文字がやけに涼しく感じられ、通りにあるかき氷の店に思わず入りたくなってしまう。中洲川端は福岡の繁華街・中洲から川を一つ隔てたところにあるのだが、街の雰囲気はまるで違う。街にはレトロな商店が立ち並び、川沿いに聳える柳の木は、猥雑としてエネルギーに溢れた中洲とは違い、どこか落ち着いた印象さえ覚える。ところで、近年この中洲川端のエリアで存在感を高めているビルがある。その名も「リノベーションミュージアム 冷泉荘」だ。
1958年、冷泉荘は共同浴場付きの共同住宅として誕生した。だが、その後は徐々に建物の老朽化が進み、2000年代初期には半ばスラムのような状態と化していた。そこで、状況の転換を図るべく、新たなスタートとして始まったのが事業用テナントビルとしての冷泉荘だった。2006年から「福岡の古い建物を大切にする考え方の実践」を基本理念とし、このビルは街のランドマークとして中州川端の住民に愛されてきている。
冷泉荘には多種多様なテナントが入っている。勿論、単にレトロといった点でなら、こうした古い建物を再生した例は今では珍しくないだろうし、居酒屋に限るなら、繁華街にある雑居ビルはまさしくそうであろう。しかし、カフェ、居酒屋、BAR、アートギャラリー、博多人形工房、韓国語教室、ヨガ教室など、冷泉荘にあるテナントはどれも個性的であり、何より建物全体を纏う空気がまず違うのだ。レンタルスペースで開かれるイベントも、どこか風変わりな者たちが集まっているように感じる。一体、この冷泉荘に何故、人々は引き寄せられていくのだろうか。
リノベーションミュージアム冷泉荘。
遠目からでも怪しげなオーラが漂っているのが分かる。
ホームページから全体像。合計25部屋。A棟とB棟に分かれている。B棟14,15はレンタルスペース。
管理人の杉山さん
雰囲気のあるビルである。なかなか入っていくにためらうものもあったが、勇気を出して事務所の扉を叩く。扉を開けると、管理人のサンダー杉山さんがそこにいた。オドオドと緊張気味の筆者が取材を申し込むと、快く取材を受けてくれた。
(サンダー杉山さん。愛称はプロレスラーのサンダー杉山さんから。小学校時代のあだ名がそのまま定着したという。筆者の突然の来訪にも快く応えてくれた。)
サンダー杉山こと杉山紘一郎さんは冷泉荘の管理会社スペースRデザインの社員であり、事業用テナントビル冷泉荘の管理人としては3代目になるという。冷泉荘を管理する上で杉山さんが意識しているのは混沌(カオス)の要素である。杉山さんのいる事務室はゴチャゴチャとフィギュアが乱立していて統一感がないように見える。だが、奇妙な置物が雑多に並ぶ空間は、見る者についつい宝探しをさせてしまうような、そんなワクワク感に満ち溢れている。それはまた、冷泉荘全体へと繋がる、杉山さんの方向性を表しているかのようだ。「枠組みには嵌まらない。冷泉荘に行けば何かがある。そう思ってもらえたら」。杉山さんは力強く語る。
冷泉荘の写真を撮らせて頂きたいと筆者が話すと、それならと杉山さんはビル全体を案内してくれることになった。これからどんな出会いや発見が待ち受けているのだろうか。
1Fにはベーグルが食べられるお洒落なカフェ「リル・ベーグル」(A棟11号室)。店内に入ると焼きたてのベーグルとコーヒーの芳しい香りが店内に漂う。内装といい、紫色のシックなドアといい、冷泉荘のどことなく洗練された空気に馴染んでいる。1Fにははじめての方がフラリと入ってきやすいよう、飲食店を入れるように意識しているらしい。他の階層には居酒屋とBAR(現在、コロナの影響で予約のみ受付中)があり、ハシゴなども出来そうである…。
次には、ビル裏の外壁を見せてくれた。灰色の外壁、銀色に光るパイプ、窓際に置かれた観葉植物など、やさぐれた私立探偵が今にも窓を開けて喫煙タイムに興じそうな、ひとつひとつの部屋の窓から今にもハードボイルドなドラマが始まりそうな予感さえする。街の魅力とは、そこにどうドラマを感じられるかによるのかもしれない。そしてここには間違いなくドラマがある。
冷泉荘裏の外壁。むき出しのパイプは1970年代に設置されたと思われるユニットバスのためのもの。くすんだ壁の色が見る者のロマンをくすぐる。ちなみにこの日は天候がやや不安定であった。外壁を見た時も突然のゲリラ豪雨に見舞われ、私と杉山さんは慌ててビル内に避難した。なので、写真はやや雨に濡れた外壁である。しかし、雨に打たれたビルの姿は更に美しく映える。
探検していけばいくほど新たな発見や驚きが続々と出てくる冷泉荘。後編でもレトロな「冷泉復元部屋」、個性的なテナント紹介など、怒涛の展開が続いていく。
この記事を書いた人
石田
新卒社員。人生ではじめての土地・福岡に馴染むために、仕事・プライベート両方で日々奮闘中。 最近では炭鉱の本を読んでいます。